対談シリーズ

この10年を振り返って

安形:
本当に今日はどうもお忙しいところ、ありがとうございます。
藤崎:
とんでもないことでございます。ご指名いただきましてありがとうございます。光栄でございます。
安形:
いろいろ仕事の面では、こちらの東京ステーションホテル様にはお世話になっております。
藤崎:
ありがとうございます。
安形:
また今回、こんな無理なお願いをいたしまして。
藤崎:
本当に光栄でございます。ありがとうございます。
安形:
このホテル、会社のこと、それからご自身のことも含めて、どんな10年だったのでしょうか?
藤崎:
端的に申し上げますと、激動の10年ということがいえるかと思います。私の個人的なキャリアのことを申し上げますと、前職は日本航空グループのホテル会社におりまして、その前までは外資系のグローバルブランドに20数年仕事を続けてきました。一般的には、日系からグローバルホテルに行かれる方は多いかと思うのですが、グローバルから逆に日系に戻るというのは、業界の中でもあまり例を見なかったと思います。
また、現場を離れて2006年に本社に入ってからは、コーポレートマネジメントやチェーンマネジメントを勉強しました。自分の中で新しい領域への挑戦という時代であったかと思います。
ご縁があって今の会社に転職いたしましたが、日本で唯一の重要文化財内にあるホテル、それをどうやって再生して、新しいマーケティングプランを描くのか、このホテルに価値を持たせるのか。ここでも新しい領域への挑戦でした。
一般的にホテルブランドといいますと、グローバルブランドがランキングの上位にくる中において、外資ブランドに一矢を放てる可能性のあるホテルになるべく、JR東日本グループの総力戦で再開業したといえると思います。個人的には、常に新しいミッションを抱えながら歩んできた激動の10年だったかな、というふうには思うのですが。
安形:
ちょうど10年前にトヨタ系のグループ内で再編がありましてね。やっぱり強いサプライヤーを作りたいということで。豊田工機という会社も実は自動車の運転のパワーステアリングシステムを作っていて、光洋も作っていまして、それをくっつけて強いステアリングのサプライヤーを作ろうということでできたのがジェイテクトです。おかげさまで、いまだに世界シェア25%ですから、4台に1台は弊社のステアリングシステムを世界中で使ってるということです。
藤崎:
素晴らしい事ですね。
安形:
まずは所期の目的は達したのですが、社長として来たときは心配しながら来ていたんです。東西の会社の合併でございますので、毎月社内で関ケ原の合戦をやってないだろうかなと。それはもうないんです。これはかなり先達ががんばっていただいたおかげで。ただやっぱり、そのあとリーマンショックがありましたでしょ。2006年に会社ができて、2008年ですから。それに対する対応に追われていて、やっぱりいろんな意味でのファンダメンタル、ハードだけじゃなくて、こういうのがまだまだ遅れたので、それをなんとか、リーマンショックからちょっと落ち着いてきたところだったので、それを今ずっと整備してきているんです。まだまだなんですけど、方向性は出したかな、というところですね。この東京ステーションホテルさんの場合は、逆にある程度の休止期間を置いて、ハードのリノベーションやられて、結構スタッフも変わられたのですよね?
藤崎:
私たちの日本ホテルという、JR東日本の100パーセント出資ホテル経営運営会社ですけれど、そこのグループホテルからアサインされた人間は3割。7割が新規採用ということで、ほぼまったく新しいチームでスタートしたということが言えるかと思います。
安形:
そうしますと、強烈なコアになるみたいなものがないと、とてもじゃないけど、ということですね。
藤崎:
耐えられなかったですね。
安形:
それは最初にお創りになったのですか?
藤崎:
そうですね。私は開業の約14ヵ月前の2011年7月に入社したのですが、一番最初の買い物は忘れません。それはホワイトボードとポストイット。それは何かというと、ミッションステートメントを創るため。この特別なホテルのミッションステートメントを創ること、そこからすべて始めないと、ということで。当時は常勤3名しかスタッフはおりませんでしたが、非常勤ですでに入社が決まっていたスタッフを合わせても7名で集まりまして、自分の想いであったり、会社からの付託であったり、といったものをどんどん出してくれ、ということで、ポストイットに書いて、ホワイトボードにどんどん貼っていって。それをグループ化して収斂しながら、最終的にミッションを決めていきました。
安形:
KJ法ですね。
藤崎:
はい、そうです、KJ法でやりました。それを本社の審議にはかり、最終的にはオーナーであるJR東日本にも確認していただいて、これで結構ですということですべてをスタートさせました。そしてすべてそこからマーケティング戦略を構築したということです。